大判例

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宇都宮地方裁判所 昭和53年(ワ)620号 判決

原告

速水利一

ほか一名

被告

栃木県

ほか一名

主文

一  被告埼玉起業株式会社は、原告速水利一に対し金二六〇万円、原告速水あさ子に対し金二五〇万円及び右各金員に対する昭和五三年五月二九日から各支払済みまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

二  原告らの被告埼玉起業株式会社に対するその余の請求及び被告栃木県に対する請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、原告らと被告埼玉起業株式会社との間においては、原告らに生じた費用の五分の一を被告埼玉起業株式会社の負担とし、その余は各自の負担とし、原告らと被告栃木県との間においては、全部原告らの負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判

一  原告ら

1  被告らは各自、原告速水利一(以下「原告利一」という。)に対し、一六三五万八〇〇〇円、原告速水あさ子(以下「原告あさ子」という。)に対し、一五八五万八〇〇〇円及び右各金員に対する昭和五三年五月二九日から各支払済みまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決並びに仮執行宣言

二  被告埼玉起業株式会社(以下「被告会社」という。)

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

との判決

三  被告栃木県(以下「被告県」という。)

主文二、三項と同旨の判決及び仮執行免脱の宣言

第二当事者の主張

一  請求原因

1  当事者の地位等

(一) 原告利一及び同あさ子は、速水将弘(昭和四三年二月二二日生、以下「将弘」という。)の父母である。

(二) 後記2の自転車転落事故(以下「本件事故」という。)の発生した思川は、利根川水系の一級河川(昭和四〇年三月二四日政令第四三号)であり、右事故の発生した場所は、河川法(以下「法」という。)九条二項の規定に基づく指定区間(同月二九日建設省告示第九〇一号)内にあり、栃木県知事(以下「県知事」という。)が同条項、法施行令二条の規定に基づきこれを管理していた。

(三) 被告会社は昭和四九年八月二三日付けで法二四条及び二六条の規定に基づく県知事の許可を受け、小山市大字間中地内の思川河川区域内の土地を占用するとともに、同所に土石運搬を目的とする仮橋(以下「本件仮橋」という。)を建築所有していたものであり、それ以後毎年右許可の更新を受け、本件事故前も昭和五三年五月二二日付け栃木県指令栃土第二七四三号をもつて許可を得ていた。

2  本件事故の発生

将弘は、昭和五三年五月二八日午前一〇時二〇分ころ、本件仮橋を小山市大字粟宮方面から同市大字間中方面に向けて自転車で横断中、本件仮橋から右自転車とともに思川に転落し、そのころ同所付近で水死した。

3  本件仮橋の状況等

(一) 本件仮橋は、思川の両岸からほぼ中間付近に作られた人工中洲と両岸を結ぶ二つの仮橋のうちの西岸寄りのもの(小山市大字間中側から人工中洲に架設されたもの)であるが、その構造、規模の概要は、別紙図面(一)記載のとおりであつて、平行する二本の橋架により構成され各橋架は幅四〇センチメートル、長さ一四・七五メートル、厚さ二センチメートルのH型鋼材を並列に二本並べて組み合わせたものである。

(二) 本件事故当時、本件仮橋から思川の水面までは約一・五メートル、水深は約四メートルで、川底は岩場になつており、人工中洲によつて流水の幅が狭められていたため流れも速く、約一〇メートル下流では水がうずを巻くような状況であつた。

(三) 本件仮橋は、思川の河川区域内にある被告会社の砂利加工プラントに行く大型貨物自動車の通路として設置されたものであるが、それと同時に、本件仮橋付近の住民や釣人などによつても日常的に利用されていたし、河原に遊びに来た付近の子どもらも本件仮橋を渡ることがあつた。

(四) 本件仮橋は、前記のとおり、片側の幅がわずか八〇センチメートルしかない狭いものであるにもかかわらず、本件事故当時、手すりその他の転落を防止するための設備はなんら施されていなかつたし、また、本件仮橋の通行を禁止する標識として、本件仮橋の東側及び西側の道路上に本件仮橋の通行を禁止する旨の極めて目立たない立看板が設置されていただけで、右通行を禁止する物理的施設はなんら設置されていなかつた。

4  被告らの責任

(一) 被告会社

土地の工作物である本件仮橋の占有者であり、かつ、所有者であつた被告会社としては、前記のような本件仮橋の状況等からして、付近の子どもらが本件仮橋を通行することも十分予測し得たはずであるから、転落事故の発生を防止するため、本件仮橋の二本の橋架の間の一・〇五メートルのすきまに鋼材を架設するなどして、そのすきまをなくしたうえ、左右両端の部分に適当な高さの落下防止用の防護さくを設置し、あるいは、本件仮橋の両岸に接する部分に子どもらの立入りを不可能ならしめるような設備を施すべきであつた。

ところが、被告会社は、本件仮橋についてなんらの安全対策も講じていなかつたから、本件仮橋が本来備えているべき安全性を欠いており、その設置・保存に瑕疵があつたものというべきである。

よつて、被告会社は、民法七一七条一項の規定に基づき将弘及び原告両名が本件事故によつて被つた後記5の損害を賠償する責任がある。

(二) 被告県

(1) 河川管理者の義務と権限

法九〇条一項によれば、河川管理者は法に基づく許可をするにあたつて必要な条件を付することができるとされている。したがつて、河川管理者は、法二四条、二六条の規定に基づく許可をするにつき、許可時においてはもちろん許可の期間内においても、占用の形態、占用部分の環境などを常時把握し、当該占用等に伴う危険防止のために条件を付したり、後にこれを付加したりするなどの義務を負担しており、右にいう危険防止の中には、法二六条の規定に基づく許可を受けて設置された本件仮橋からの転落事故の予防措置を講ずることも含まれるものと解すべきである。

そして、法七五条一項本文、同項二号によれば、河川管理者は、許可に付した条件に違反した者に対して、当該工作物の除去などを命ずることができるものとされ、河川管理者には、河川管理上の監督処分権限が付与されている。

(2) 国家賠償法二条の規定に基づく国の責任

ア 本件仮橋は被告会社が所有するものであり、これ自体は国の管理にかかる営造物ではないものの、本件仮橋の設置されている部分を含む前記河川区間は、県知事が国の機関委任事務として管理するもので、国の営造物であるところ、本件仮橋は、県知事から法二四条、二六条の規定による各許可を受けて設置された工作物であるから、県知事の思川の河川管理には、本件仮橋から生じる危険の除去も含まれているものというべきである。

イ ところが、県知事の本件仮橋の管理には次のような瑕疵があつたから、結局、国の思川自体の管理に瑕疵があつたものというべきである。

すなわち、本件仮橋の状況等は前記3のとおりであつて、その構造、利用状況からして、本件のような転落による水死事故が発生する危険性が予見できたにもかかわらず、本件仮橋には転落防止のための安全設備もなく、また、右仮橋が設置されている思川の河川区域内に右仮橋を通行することを禁止する施設も設置されていなかつた。

したがつて、国には、国家賠償法二条一項の規定に基づく責任がある。

(3) 国家賠償法一条の規定に基づく国の責任

本件仮橋の構造、規模、その利用状況等は前記3のとおりであつて、本件仮橋からの転落事故発生の危険が生じていたのであるから、河川管理者である県知事は、前記のような法の規定にかんがみ、本件仮橋の利用状況等を十分把握し、右事故防止のための条件を付加したり、転落事故防止のための安全設備を施すように指導するなどの義務があつたのに、これを怠り本件仮橋設置部分を含む被告会社の占用部分の管理にあたつてなんらの措置もとらず、なんの配慮もしなかつたため、本件事故が発生したものである。

これは、国の公権力の行使に当たる公務員が、その職務を行うにつき、故意又は過失によつて違法に監督権の行使を怠り、他人に損害を加えたものというべきであるから、国には、国家賠償法一条一項の規定に基づく責任がある。

(4) 国家賠償法三条の規定に基づく被告県の責任

被告県は、法六〇条二項の規定に基づき前記河川区間内の思川の管理費用を負担していたものであるところ、国には前記(2)、(3)のとおり後記5の損害を賠償する責任があるから、その管理の費用を負担する被告県は、国家賠償法三条の規定に基づき、原告らに対し、右損害を賠償すべき義務がある。

5  損害

(一) 将弘の逸失利益

将弘は、死亡当時一〇歳三箇月の健康な男子であり、本件事故がなければ、満一八歳から満六七歳までの四九年間は稼働可能であつたから、右期間中、少なくとも昭和五〇年賃金センサス全産業男子労働者平均の現金給与額年額二三七万八〇〇円(年間賞与その他特別給与額を含む。)に相当する収入を得ることができたところ、同人の生活費として年間収入額の二分の一を控除したうえ、逸失利益の現価をホフマン式計算法を使用して算出すると、二三七一万六〇〇〇円(ただし、千円未満切捨て)となる。

原告らは、将弘の父母として、右金額の損害賠償請求権を各自二分の一(一一八五万八〇〇〇円)あて相続した。

(二) 原告らの慰謝料

原告らは、たつた一人の男の子であつた将弘の死亡によつて、父母として著しい精神的苦痛を受けたところ、これを慰謝するには各自四〇〇万円が相当である。

(三) 葬儀費用

原告利一は、将弘の葬儀費用として少なくとも五〇万円を支出した。

よつて、被告らに対し連帯して、原告利一は一六三五万八〇〇〇円、原告あさ子は一五八五万八〇〇〇円、及び右各金員に対する本件事故発生の日の翌日である昭和五三年五月二九日から各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払をそれぞれ求める。

二  請求原因に対する認否等

1  被告会社

(一) 請求原因1、2の事実はいずれも認める。

(二) 同3の事実について

(一)、(二)は認める。

(三)のうち、被告会社が土石運搬のため本件仮橋を設置したことは認め、その余は否認する。

(四)のうち、本件仮橋に転落防止の設備を施していなかつたこと、通行禁止の立看板を設置していたこと、立入りを禁止するための施設がなかつたことは認め、その余は否認する。

(三) 同4の(一)の事実のうち、被告会社が土地の工作物である本件仮橋を占有かつ所有していたことは認め、その余は否認する。被告会社は、本件仮橋を土石運搬用として被告県の許可の下に使用していたもので使用を開始してから作業中の事故は皆無であつた。しかも、本件仮橋は、小山市の郊外にあつて一般人の生活上通行を必要とするものではなく、したがつて、被告会社としても、万一本件仮橋を通行するものがある場合を配慮して、危険につき立入りを禁示する旨の立札を立て、また現に立ち入る人を見つけた場合にはこれを制止していた。

(四) 同5の事実のうち、原告らが将弘の父母であることは認め、その余は否認する。

2  被告県

(一) 請求原因1の事実のうち、(一)は知らないが、(二)、(三)は認める。

(二) 同2の事実のうち、将弘が昭和五三年五月二八日思川で水死したことは認めるが、その余は知らない。

(三) 同3の事実について

(一)は認める。

(二)は否認する。

(三)のうち、本件仮橋が被告会社の砂利加工プラントへの大型貨物自動車の通路として設置されたものであることは認めるが、その余は否認する。

(四)のうち、本件仮橋に原告ら主張の転落防止設備あるいは通行禁止の物理的施設がなかつたことは認める。

(四) 同4の(二)のうち、本件仮橋が公の営造物でないこと及び被告県が原告主張の管理費用を負担していることは認めるが、その余の主張は争う。

(五) 同5の主張は争う。

(六) 被告県の主張

ア 河川の管理の目的は、洪水、高潮等による災害発生の防止、河川の適正利用及び流水の正常な機能の維持を総合的に行い、国土の保全と開発に寄与し、もつて公共の安全を保持するとともに公共の福祉を増進することにある(法一条)が、本来、河川が公共用物であり一般公衆の自由な使用に供されているものであることからして、河川における工作物の設置等は、一般的に禁止されているのである。

ただし、社会経済上やむを得ない場合において、洪水に対して河川の機能を減殺する等治水上支障となるおそれがない場合や、利水関係及び社会公共の秩序に障害を及ぼすおそれのない場合に限り、必要最小限度の範囲において、工作物の設置等をしようとする者の申請に基づきこれを解除している。

ところで、河川管理者は、工作物の設置等の許可を与る場合は、当該工作物の設置等の目的からみた機能的な安全性及びこれにより治水、利水上障害が生じるか否かを検討するとともに当該許可による四囲の状況、河川の利用状況、河川の状況変化の有無等の観点から必要な措置を講じさせるかどうか具体的事案に即して判断しているのである。

この場合における必要な措置は、法九〇条二項の定めからして、当該工作物の設置によつて具体的に治水、利水上支障が生じるとか、四囲の状況や利用状況からみて具体的な危険が発生することが予測される場合でなければ、許可を受けた者に対し必要な措置を講じさせることはできないのである。

イ 国家賠償法二条にいう「瑕疵」とは、営造物が通常備えるべき安全性を欠いていることをいうのであり、ここでいう安全性は、当該営造物がその設置目的、構造、四囲の状況、河川の利用状況等諸般の事情を総合して通常予想される危険に備えていれば足りるのであつて、あらゆる事故に備える絶対の安全性を要求されるものではない。

また、許可を受けて設置した工作物等については、当然、許可を受けた者が善良な管理者の注意をもつて安全に管理する義務があるのであり、河川管理者は、当該工作物等が、社会通念上安全なものか否かを監督し、当該工作物等の使用上に危険が存すると認められる場合に、許可を受けた者に対して危険防止義務を課すにとどまるのである。

しかして、本件仮橋は、被告会社の土石運搬用路としての使用のみを目的として設置されたものであるから、土石を運搬する大型貨物自動車の通行に耐え得る構造を有していれば足りるところ、本件仮橋の構造等は原告ら主張のとおりであつて、右目的に十分耐え得たものであつて安全なものであつた。

更に、本件仮橋付近の河川敷は、本来一般人の通行等の用に供されていたものではなく、本件仮橋も、専ら土石運搬の大型貨物自動車の通行のみを予定して設置されたもので一般の通行の用に供する目的で設置されたものではないことが一見して明らかな状況にあつた。そして、本件仮橋自体その幅員及び長さ等からすれば、これをあえて通行しようとする者がごく普通の注意を払つて利用する限りにおいてはおよそ事故が発生する危険性はなかつた。

ウ 仮に本件仮橋を通行するものの存在を予想し得るとしても、前記のとおり、当該利用者が当該設備の利用に伴う通常の注意さえ払えば、その利用によつて事故等が発生することなどおよそ考えられない状況にあつたから、事故や損害発生の危険性が存在したとはいえず、本件において、河川管理者である県知事に原告ら主張の作為義務があるとはいえない。

三  抗弁(被告県)

仮に、被告県に責任があるとしても、将弘は、一般人の通行の用に供されているものではないことが一見して明らかな本件仮橋を自転車に乗つて通行するという危険な行為をしたものであり、しかも、その際将弘の動作に適切さを欠く点があつたため本件事故が発生したものであるから、損害額の算定につきこの将弘の過失も考慮すべきである。

四  抗弁に対する認否

否認する。

第三証拠〔略〕

理由

一  当事者の地位等及び本件事故の発生

1  請求原因1の(一)の事実は、原告らと被告会社との間では争いがなく、原告らと被告県との間においても成立に争いのない甲第一号証によつてこれを認めることができる。同1の(二)、(三)の事実は当事者間に争いがない。

2  将弘が昭和五三年五月二八日思川で水死したことは当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第四号証、証人町田正人、同速水隆の各証言及び検証の結果を総合すると、将弘は、同日午前九時ころ、小山市大字大行寺部落の友人町田正人、速水隆外二名とともに小山大橋付近へサイクリングに出かけ、思川東側(左岸)の堤防を下流に向い、同日午前一〇時ころ本件仮橋付近にさしかかつたが、後記の立入禁止の立札に全く気づかないまま、西岸に行くため本件仮橋を構成する二本の橋架のうち進行方向に向かつて左側の橋架(別紙図面(一)記載の仮橋〈A〉)を一名の友人の後に続いて(なお、他の三名は仮橋〈B〉を渡つた。)小山市大字粟宮方面から同市大字間中方面に向け自転車に乗つたまま進行し、別紙図面(一)記載の〈×〉点で急ブレーキをかけたため、右側に倒れ、右二本の橋架の間のすきまから自転車とともに思川に転落した(原告と被告会社の間では、将弘が本件仮橋を粟宮方面から間中方面に向け自転車で横断中転落したことも争いがない。)ことが認められ、右認定を左右する証拠はない。なお、将弘が急ブレーキをかけた理由を明らかにし得る証拠はない。

二  本件仮橋の構造及び使用状況等

1  請求原因3の(一)の事実及び同(三)の事実中、本件仮橋が被告会社の土石運搬の大型貨物自動車の通路として設置されたものであること、同(四)の事実中、本件仮橋の二本の橋架に手すりその他の転落防止の設備が施されておらず、また、本件仮橋への立入り、通行を禁止するための物理的施設がなかつたことは当事者間に争いがなく、原告と被告会社との間においては同(二)の事実も争いがない。

2  右争いのない事実に、原告主張の写真であることに争いのない甲第五号証の一ないし一七、被告主張の写真であることに争いのない乙第五号証の一ないし三、証人町田正人、同速水隆、同福田愛子(一部)、同川島和夫、同神藤博(一部)、同小野寺兵五、同吉村勇三郎、同印部光男(一部)及び同栃木利造(一部)の各証言、検証の結果を総合すれば、次の事実が認められる。すなわち、

(一)  本件仮橋を構成する橋架の幅は八〇センチメートル、長さは一四・七五メートルであり、手すりその他転落を防止するための設備はなんら施されておらず、これに用いられているH型鋼材及びその組合せ状態は別紙図面(二)のとおりである。

また、本件仮橋のある人工中洲は、本件仮橋を架設するために被告会社が設置したもので、この人工中洲が設置される以前のこの付近の水深は比較的浅かつたが、右人工中洲の設置により流水の幅が狭められたため水流が速くなり、本件仮橋より約一〇メートル下流では水がうずを巻く状態になり、検証の当日(昭和五四年八月二九日)の本件仮橋から水面までの距離は約一・二七メートル、将弘の落下した地点(別紙図面(一)記載の〈×〉点)付近の水深は約九三センチメートルで、川底は岩場であつた。

(二)  本件仮橋は、思川の河川敷内の東岸の堤防から約五〇メートル、西岸の堤防から約二〇〇メートルの場所にあり、東岸の堤防上には本件仮橋の下流(南方)約三〇〇メートルの地点にある間中橋を通る県道小山環状線と丁字型に交わり上流方面に向かう道路があるものの、付近に人家等はなく、右岸の大行寺や間中の部落までは直線距離でも一キロメートル以上ある。なお、本件仮橋を通る道路は東方で右堤防上の道路と丁字型に交わり(別紙図面(一)参照。)、南西約三〇〇メートルの地点で県道小山環状線と交差している。

また、本件仮橋のおおよそ一、二キロメートル上流の地点にも両岸を結ぶ石ノ上橋が設けられている。

(三)  小山市大字大行寺あるいは間中等の思川の右岸に居住する者が対岸に行く場合には、間中橋、石ノ上橋等を利用するのが通常であつたが、台風等による冠水あるいは橋桁の流出などで間中橋が通行止めになることが毎年一度はあり、昭和五二年八月から半年余りの間も復旧工事のため通行止めになつていた。また、石ノ上橋も本件事故の発生する以前に通行不可能になつたことがあつた。しかし、本件仮橋は河原の水が引きさえすれば通行することが可能であつた。したがつて、間中橋が通行不能のときに、本件仮橋を利用する者が見かけられた。

(四)  本件仮橋付近の思川は、魚業組合の釣指定区域となつており、日曜日は特に釣に来る人が多く本件仮橋を徒歩又は自転車で渡る釣人もいた。

将弘の友人町田正人も、本件仮橋を渡るのは、本件事故の発生のときが三度目であつた。

(五)  被告会社の取締役である神藤博は、釣人が本件仮橋を渡るのを一度見かけ渡らないよう注意したことがあり、更に、被告会社に対し、間中橋が通行止めになつたときに本件仮橋を通行させてもらいたい旨の申入れがあつたことを聞き、右申出を断るよう社員に指示したことがある。

(六)  被告会社は、栃木県栃木土木事務所の指示に基づき本件仮橋について一般の人の通行を禁止する旨の立札を立て、本件事故当時も本件仮橋の入口付近の左右両岸(別紙図面(一)記載の〈イ〉、〈ハ〉付近)にそれぞれ通行禁止の立札が存在していた。

また、被告会社は、正月等の長期間本件仮橋を使用しないときには本件仮橋の両側に砂利を積んで通行できぬようにしたことがあつたが、本件事故が発生した日は日曜日で被告会社において本件仮橋を使用していなかつたが、一般の人の立入り、通行を防ぐ物理的設備はなんら施していなかつた。

もつとも、被告会社は、本訴が提起された後、本件仮橋が東・西の両岸に接する部分の両端にパイプをたて、その間に鎖を張つて本件仮橋への立入りを禁止する設備を施している。

(七)  本件事故以前には、本件仮橋で被告会社の作業中の事故も、一般の人の転落事故も発生したことがなかつた。

以上の事実が認められ、右認定に反する証人福田愛子及び同神藤博の各供述は採用しがたく、証人印部光男及び同栃木利造の各供述及び成立に争いのない乙第四号証の一・二は必ずしも右認定に牴触するものではなく、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

三  本件仮橋の設置・保存の瑕疵について(被告会社の責任)

1  本件仮橋が被告会社の所有・占有する土地の工作物であることについては、原告と被告会社の間で争いがない。

2  そこで、一、二に判示した争いのない事実と認定事実に基づいて、本件仮橋の設置・保存の瑕疵について検討する。

本件仮橋は、被告会社が土石運搬の大型貨物自動車の通行のために設けたものであつて、一般の人の通行を被告会社が承諾した事実はなく、更に、本件仮橋付近の住民が本件仮橋を生活上必要なものとして日常的に利用していたと認めるには十分ではない。

しかし、前記周辺の状況及び思川が絶好の釣り場であつたことからすると、児童を含めた近所の住民等が本件仮橋のある河原に釣りや遊びに来ることが予想され、その際や本来通行すべき間中橋等が通行不可能の場合に、本件仮橋を自転車や徒歩で渡ることは十分あり得ることであり、被告会社も予測しえたというべきである。

ところで、本件仮橋は、本来の目的である大型貨物自動車の通路としては十分その安全性を備えていたというべきであるが、その構造、幅員、橋桁がないこと等からして、これを自転車などで渡る場合には、往往にしてハンドル、ブレーキ操作を誤りバランスを失つて転倒し、思川に転落する危険性があつたから、本件仮橋を所有占有する被告会社としては、本件のような事故が発生しないよう、少なくとも大型貨物自動車が通行しないときには本件仮橋に被告会社関係者以外の者が容易に立入れないようにするため、その両岸進入口に縄、鎖を張るなど相当な危険防護の設備を備えるべきであつたと言わなければならないし、そのような事故回避措置は、本訴提起後被告会社自から行つているところからしても容易に採り得たはずである。それにもかかわらず、被告会社は、本件仮橋の両岸の進入口付近に通行禁止の立札(ひたすら目的物を目差す児童の習性からして、これだけでは注意喚起の方法としては有効適切とはいえない。本件の場合も、児童らは右立札に全く気づいた形跡がない。)を立てただけで、右のような措置をなんら採つていなかつたのであるから本件仮橋の設置又は保存には瑕疵があり、かつ、本件事故は右瑕疵によつて生じたものといわざるを得ない。

したがつて、被告会社は、民法七一七条一項の規定に基づき本件事故により生じた損害を賠償すべきである。

四  被告県の責任

1  法二四条、二六条の許可等の性質について

本件仮橋が県知事から法二四条、二六条の各許可を受けて設置された工作物であることは当事者間に争いがない。

ところで、法二四条の許可は、河川区域内の土地は、本来洪水による被害を除去し又は減殺させるためのものであるから、その占用は原則として認められないが、それが特に社会経済上の必要性を有し、かつ、該土地の占用によつて河川の機能を減殺するおそれがない場合に与えられ、法二六条の許可は、河川区域内の土地における工作物の新築等が河川における一般の自由使用を妨げ、又は河川の機能を減殺する等のおそれがあるので、その支障がない場合に限り与えられるものであり、また、法三〇条一項の完成検査は、許可工作物がその位置、形状、構造、工事の施行方法等のいかんによつては洪水の際に損壊する等の事態を招き、人工災害をひき起す可能性があるので、これを防ぐために、工作物の使用前に、許可の内容どおりに工作物が完成しているかを審査するために実施されるものであるから、県知事には、右許可及び検査を実施するに当たつては、河川の機能に与える影響という観点から当該工作物の安全性について審査し、あるいは許可に際し右観点からの条件を付する権限はあるものの、当該工作物につき河川の機能と関連のない他の観点からみた安全性についてまで審査し、あるいは右許可に際し右観点からの条件を付する権限があるものと解することはできないというべきである。

2  被告県の国家賠償法三条、二条一項の規定に基づく損害賠償責任の存否

まず、原告らは、本件仮橋自体は公の営造物ではないが、本件仮橋設置部分を含めた思川の前記争いのない請求原因1の(二)の指定区間の管理について県知事に瑕疵があつたものと主張する。

しかし、河川管理の目的は、河川について洪水、高潮等による災害の発生を防止し、河川を適正に利用し、及び流水の正常な機能を維持するため、河川を総合的に管理することによつて、国土の保全と開発に寄与し、もつて公共の安全を保持し、かつ公共の福祉を増進することにある(法一条)のであり、法二四条、二六条、三〇条の許可等の性質も前記のとおりであることからすると、県知事の河川管理には、河川管理施設に属しない許可工作物である本件仮橋について、これを通行する者が思川に転落する場合のあることまで予想し、その安全性の確保までが含まれるものと解することはできない。

したがつて、右観点からの管理義務のあることを前提として、県知事に本件仮橋設置部分を含む思川の前記指定区間の管理について瑕疵があつたとする原告らの主張は、その前提を欠き理由がない。

3  被告県の国家賠償法三条、一条一項の規定に基づく損害賠償責任

次に、原告らは、県知事の監督権限の不行使が違法である旨主張する。

しかし、法二四条、二六条、三〇条の許可及び完成検査の性質は前記のとおりであり、これを本件仮橋に則してみると、県知事は、本件仮橋の設置により流水の正常な機能が妨げられ、河岸の堤防が決壊するおそれがないか等の観点からその安全性について審査し、許可につき右観点からの条件を付する権限はあつても、特段の事情のない限り、本件仮橋によつて本件河川敷内に立入つた河川自由使用者に対する危険が増大するおそれはないかといつた観点からの安全性についてまで審査し、それについての条件を付することができる権限まであるものと解することは困難である。そして、前記判示の事実によれば、右後者の観点からの審査権限が認められる特段の事情があるものとは認められないというべきである。

したがつて、右権限のあることを前提として県知事の権限不行使の違法を問おうとする原告らの主張も、その前提を欠き理由がない。

4  以上の次第で、原告らの被告県に対する損害賠償請求は、その余の点を判断するまでもなくいずれも理由がない。

五  損害

1  将弘の死亡による逸失利益

前記一に説示のとおり請求原因1の(一)によれば、将弘は死亡当時一〇歳三箇月の健康な男子であつたから、同人の就労可能年数は一八歳から六七歳に達するまでの四九年間、その生活費は収入の二分の一と認めるのが相当であり、また右就労期間中、少なくとも労働省労働統計調査部編昭和五五年賃金センサス第一巻第一表中産業計・企業規模計・男子労働者・学歴計一八歳ないし一九歳の平均年収一五〇万〇七〇〇円と同額の収入を得たものと認めるのが相当である。そこで、これを基礎とし、同人の死亡による逸失利益の現価をホフマン式により算出すると、その額は一五〇一万円(一万円未満切捨て)となる。

(算式 1,500,700×1/2×(26.595-6.588=15,012252(円))

原告らが将弘の父母であることは、一に説示のとおりであるから、原告らは、右損害賠償請求権を各二分の一ずつ相続したものというべきである。

2  葬儀費用

原告本人利一尋問の結果によれば、原告利一は将弘の葬儀を執り行つたことが認められ、その費用として少なくとも五〇万円を支出したものと推認できるところ、将弘の死亡時の年齢、家族構成等を参酌すれば、右五〇万円は全額本件事故により生じたものと認めるのが相当である。

3  過失相殺

前記一、二の事実によれば、本件仮橋を自転車に乗つたまま通行することは極めて危険な行為であつてその本来の用法に即しないものと言うべきであり、しかも、将弘は、本件事故当時一〇歳三箇月であつたから右の危険を弁識するに足りる能力を有していたと認められる。したがつて、将弘としては、本件仮橋を通行すべきではなかつたのであり、どうしても本件仮橋を渡るのなら自転車から下りて通行するか、十分にハンドル・ブレーキ、操作に注意して進行すべきであつたのに、あえて自転車に乗つたまま通行し、急ブレーキをかけたため転落したのであるから、本件事故の発生については将弘にも過失があつたと言わざるを得ない。

しかも、将弘と同時に自転車に乗つたまま通行した他の四名は無事西岸にたどりついているのであるから、その過失は重大なものというべきであつて、本件損害を算定するに当たつては、これらの事情も考慮すべきであり、また、本件仮橋の瑕疵の程度が必ずしも大きいとはいえないこと等諸般の事情とを併せ考えると、前記1、2の各損害額(原告利一につき八〇〇万五〇〇〇円、同あさ子につき七五〇万五〇〇〇円)について、過失相殺としてその八割相当額を減じるのが相当である(ただし、一万円未満切捨て)。

4  慰謝料

成立に争いのない甲第一号証及び原告本人利一尋問の結果を総合すれば、将弘は原告らの長男であり、当時の原告らの子は長女と将弘の二人であつたことが認められ、同人の死亡により原告らが多大の精神的苦痛を受けたことは容易に推認することができるが、本件に関する諸般の事情特に前記3の事情を考慮すれば、原告らの精神的苦痛に対する慰謝料は各自一〇〇万円と認めるのが相当である。

六  結論

以上のとおりであつて、原告らの被告らに対する本訴請求は、被告会社に対し、原告利一は二六〇万円、原告あさ子は二五〇万円及び右各金員に対する本件事故発生の日の翌日である昭和五三年五月二九日から右各支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、被告会社に対するその余の請求及び被告県に対する請求はいずれも失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文、九三条一項本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 赤塚信雄)

別紙 図面(一)

〈省略〉

別紙 図面(二)

〈省略〉

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